* 煙管・大きい手・藍色 *





武能 子音


 煙草と煙管の煙が、藍色の空間を白濁させている。
 ここはどこでもない。
 しかしここに『存在』しているものがある以上、ここは『ここ』という場所なのだ。

 −ここには六人の男女がいる。

 泣き黒子のある白スーツの女は、遠く小さく呆然とし
 赤い髑髏のピアスをつけた咥え煙草の男は、苛々と己の髪を掻き毟り続け
 曲りくねった煙管を持つ修道服の女は、虚空に正座し
 足先のフリルが不自然に萎んでいる男は、足を組んで逆さまに立ち
 短剣を弄ぶ露出狂の女は、順々に他の者の正面を移ろい歩き
 美しい顔と指を持つ男は、彼らの中心で浮かんだり沈んだりしている

 これは会合だ。  彼らはとある物語の主役達…の、最悪の分岐点を辿った結果。
 彼らは、思うが侭に自身の狂気を露呈し、批判しあっている。
 無関心、冷酷、狂信、乖離、利己、自己愛…

 こんな世界は壊さねばならない
 しかし己が描いてしまった最悪の結末…
 美しく、破滅的な終末を、私は彼らに与えてやらねばならない…

 そして作者は代弁者を送り込んだ

 空間の外にまた世界が作られる
『彼女』のための空間
『終末』を任された、太陽の様な、優しく、無慈悲な彼女の為の、真っ暗な空間

 微笑みを浮かべ、『彼女』は両手で『彼ら』の空間を抱える
『彼ら』から見れば、太陽より、宇宙よりも大きな『彼女』の手の平

 彼女の虚ろな、しかしなによりも美しい微笑を微かに眺めながら
 彼らは 大きな手に抱かれ 締め付けられてゆく空間に 壊れた魂を蝕まれていった…


 重なった両手をゆっくりと開き
 くしゃくしゃになった藍色の紙片を眺めて
 彼女は小さく こう呟いた
「いつかどこかで 違う貴方達と 違う私が きっとまた出会う日が来るから…」


 そして作者は微かな自己満足を覚え
 次なる『彼ら』の物語を創造し始めた

 彼らは 永久に 狂うことを 許されない

end


*......おまけ『煙草/大きい手/藍色』*



大和


 ケンジさんはいつも履き古したジーパンと年代物のアロハシャツ、柔らかい黒髪の天然パーマを風にふわふわさせて焦点の合ってるような合ってないような弛みっぱなしの表情をしてるんだ。流れる風に色を読み、雑踏の中に花を見つける。どこでもケンジさんの居場所だし、どこにもケンジさんの居場所はない。一人で居ても独りじゃないし、友達と居てもたった一人。
 僕は、そんなケンジさんが好きだった。
 出会った瞬間から僕のたった唯一の人だった。
 
 届かなくても満足する思いは、エゴでしかないのだろうか。
僕は空気みたいなケンジさんの空気みたいな存在になりたかった。あの大きな手で頭をくしゃくしゃって撫でてもらいたくてずっと傍にいた。公園とか駅とか道とか。空が見えるところを一緒に歩くのが好きだったから。
 ネイビーブルーのジーパン。赤いアロハ。揺れる髪。
 表情の乏しいケンジさんがたまに思い出したように笑う時。僕も自然と笑顔になる。僕の笑顔を見てケンジさんもニって笑う。
 ただの弟分でしかなくても、ずっとずっと忘れられない影があったとしても、いいんだよ。
煙管から上る白い細い煙にだって意味があるんだ。そう言ってくれたから。生まれては消えていく。その事自体に意味があるって言ってくれたから。理由とか意味とかに大して価値は無いって言ってくれたから。あなたの全てが僕を肯定してくれたから。
 
 大きな手、大きな背中、大きな笑顔、僕の心の大きな、欠落。それがあなたでした。

 空が高くて薄情で、そんな背景には赤と藍が良く似合う。はい。今日も僕は笑ってられる。
 


sai


 艶やかにデコレイトされた爪を一枚ずつ剥がしていく。
親指、人差し指、中指、薬指、小指・・・それをもう一度。
長く鮮やかな爪の下から現れたのは小さくて丸い自分の爪。
そこから伸びる短い指、そして手。

現実から目を逸らすように自分の小さい手から目を背け、いつものように鍵盤にむかう。
蓋を開ければ現れる黒と白、モノクロの世界。
指で弾けば応えるように奏でられる澄んだ音。私の半身ともいえる、大きな楽器。

それと同じくらい好きな人がいる。
同じように、彼の半身はピアノ。
私と同じように、ね・・・

抱き合った後、彼が眠りに落ちてからそっとベッドを抜け出して窓の外の空を見る。
夜明けの直後、朝と夜の一瞬の隙間に現れて消える藍色。
儚いものを人は尊ぶ。私も、例に漏れないのだろう。

気持ち良さそうにベッドで寝ている彼の指に、そっと自分の手を重ねてみた。
長くて逞しい指、骨ばった大きな手。
自分の手はまるで赤ん坊のそれだ。小さくて細くて、なんて弱そうなのだろう。
その大きな手で、指で、私には届かない和音を軽々と、滑るように叩き出す。
その大きな手で、指で、私には弾きこなせないパッセージを容易く歌わせる。

どうして、
どうして私には無いのーーーーー?

涙が喉の奥から競り上がってくる。
何故、哀しいのだろう。それとも悔しいのだろうか。

嫉妬。
ただ嫉妬する。
志すものが同じだから込み上げてくる敵愾心。それは既に、憎悪として私の心を埋め尽くす瞬間がある。

彼とコンプレックスからふいと目を背け、ベッドヘッドに置いてあった気まぐれで買ったアンティークの煙管を手にとる。
ごつごつしていて、長い。まるで君の指みたいだね。

あなたも、頑張ってるんだよね。

私には何も無い。
だから、努力するしかないんだ。
一欠けらの矜持だけ持って、いつか君に追いつけるように。

ずっと先でもいい。
死ぬ間際でもいい。
君という目標を失うまで、私を愛していて。

いつものように空に広がる藍色のカーテンを眺めながら
いつもとは違う誓いを立てた。








:補足:
柚吉さまからリクエストいただきました。
とても書きやすくいい3題でした。いい意味で予想を裏切れたようで嬉しかったです。
ありがとうございました☆



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