* 空・うまい棒・ギター *





大和
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sai


それは
とても穏やかで
とても温かくて
とても優しい音色をしていたんだ


これは僕が君にあてた最後のメッセージだ。
最後まで投函することは出来なかったけれど。
そのメッセージは、古雑誌の間に挟んで、或いはティッシュやなんかと一緒に屑入れに捨ててしまった。
今頃二酸化炭素と塵になって、どこかに埋まっていればいいなと思う。
僕がいなくなっても、きっとそれだけは永遠に残り続けるから。

今は少し後悔している。
これを投函しなかったことや、まして捨ててしまったことでもなく、
君に、最後に僕の名前を呼んでくれと言えなかったことを。
貴方は、これを見てどう思うだろう?
僕の、非常にみっともなくて情けない手紙だ。
貴方は笑ってくれるかな。
どうか笑ってほしい。
「馬鹿だなぁ」と。
それでいい。
そうしてくれたら、僕が、このメッセージを書いた甲斐が少しでも生まれるから。
僕が、細く頼りない6本の弦で少しずつ紡ぎ出したメロディーみたいに、
君のことをを考えながら紡いだメッセージだから。



はじめて君に抱きしめられたのはいつだったっけ。
それまで僕は人の温もりなんて知らなかったから、
ひどく気恥ずかしくて、くすぐったかった。
それからずっと、君は僕の側にいたね。
色々な所に一緒に行ったし、夜寝る前は僕に「おやすみ」って言ってくれた。
撫でられて、触られて、ごくたまに不機嫌な君にやつあたりされたりして、
僕は時々泣いたけど、
今思えば、それすらも嬉しかった。
僕がわがままを言ったりすると、君は根気良く僕を慰めて、宥めてくれた。
そのあと僕は、いつもよりもイイ声で君の名前を呼ぶんだ。

抱えきれないほどの愛情と、
数え切れないほどの睦言と、
そして僕につけてくれたニックネーム。
「 s k y 」

だから、君と会えなくなった今でも、
僕には名前が残っている。
君が僕を呼ぶ声と一緒に耳に残り続けている。

それだけで充分。
充分幸せだと、
幸せだったと、
幸せだよと......

君に、言えるよ。

我侭を言うならば、もう一度僕の名前を呼んでほしい。
「 s k y 」
その声で、その微笑で、その温もりで、その、声で
もう一度僕の名前を呼んでくれないか。



僕は頭上に広がる大きな青い世界を見つめながらこっそり泣く代わりに身体を少し揺らした。
君のつけてくれた名前は、こんなにも大きい存在と一緒の意味を持っていたんだね。
僕は二度三度と、身体をごとごとと揺らして、僕の横にある古びた冷蔵庫にぶつけて音を立てた。
君が触れるときよりもずっと歪な音だけど、それは以前と変わらない、
優しくて柔らかな音色だと信じている。

ふと顔をあげると、大きな買い物袋をかかえた誰かが今、僕の目の前を急ぎ足で駆けて行った。
すれ違う瞬間、なんだかケバケバしいパッケージの長い駄菓子がひとつ零れ落ちる。
商品名を確認する間もなく、それはすぐに後続の大きなトレーラーに轢かれてしまった。
ぐしゃりと音を立てて、それきり動かなくなった。
その誰かは後ろを少しだけ振り返って、何事かひとつ呟いてまた走っていった。
「―――まあいいか、10円だし...」
―――その台詞が、幻聴であるようにと祈らずにはいられない。
君も、その誰かと同じように、そう呟きながら僕を捨てたような気がしてしまうから。


ねえ、


そうやって、いつものように君に呼びかけてみる。

僕は、君に確かに愛されていたよね。

この寂しさは、僕が君の側にいられなくなった罰なんだ。

壊れて、使い物にならなくなってしまった僕への罰なんだ。

君は、こうして裏切った僕のことなどすぐに忘れてしまうかな。

それでもいい。

君といた時間は、まるで夢のようだったから。

これから僕は眠りについて、また夢を見るだろう。

それが、今度は永遠に覚めない、君の夢であればいいなと思うよ。


心から君の幸せを祈っています。
この壊れた身体で不器用に奏でるメロディーが、君への餞別、そして僕への子守唄となるように。



------END------






蛇足になりますが、あとがきを付けさせてください。

このショートストーリーを、
失った誰かのことや、
失った何かのことを思って読んでいただければ幸いです。
貴方が捨てた誰かや何かが、きっと同じようなメッセージを貴方に伝えたいかもしれない。

大変恐縮ですが、この物語を、輪学さんに捧げます。
そして君が見てくれたらいいなと思います。

sai



補足:
輪学さまからリクエストいただきました。
ありがとうございました☆



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