無償ということ




 ふと、無償と言う事について考えてみた。

 無償の行為
 無償の好意
 無償の愛
 代償のある無償の行為


 僕がどれだけ、それに助けられて生きているか考えてみた。

 道に落とした何かを拾ってもらったり
 バイトで「手伝う」と言ってもらったり
 「側にいるよ」と君が言ってくれたり
 返されない事を承知での無償の愛を捧げられたり、捧げたり。


 ああ、この世界には、なんて「無償」が溢れているのだろうか!

 僕は感激して、言葉を失くす。

 しかしそれと同時に、なんという「無情」の多さだ!

 僕は恵まれていて、同時にとても不幸だ。
 それは僕だけでなく、僕以外の、所謂他人にも存在する矛盾した概念。
 この矛盾はどう解消すればいいのだろうか。
 気付いてしまった僕らは、果たしてどこに行けばいい?

 例えば、愛してくれている彼女。
 例えば、愛してくれない彼女。

 僕はどちらにも「無償の愛」で縛られているように思える。

 無償とは、代償を求めない行為の事のはずだ。

 なのに、無言の圧力がいつも僕らを急かし立てる。

 それでわかる。
 僕らは本当に「無償」と言う事を理解してはいないのだと。
 僕らは、それを奇麗事で飾って振りかぶって使っているだけなのだと。

 では本来の無償の行為というものは存在しないのだろうか。

 例えば献血。

 理由があり、代償もある行為だ。
 暇を潰す為、束の間の休息の為、世の為人の為……
 ほら、沢山理由がある。
 暇潰しにはもってこいの時間を有しているし、血を抜いた後に飲み物を飲んだり食べ物を食べたりできるし、世の為人の為という、簡単な自己満足を得る事もできる。


 ……こんなことを考えていたら、無性に僕も献血に行きたくなってきた。
 後で彼女と行って来ようか。
 いやいやいやいや、今はこんなことを考えている場合じゃない。
 そう、「彼女たち」のことを考えねば。

 僕の横では彼女が泣きながら蹲っていて
 僕の下では彼女が涙して倒れていて
 僕はどちらを選ぶべきか、ひどく迷う。

 僕が愛した彼女は息も絶え絶え
 僕を愛した彼女は言葉が絶え絶え


 まさかこんな事になるなんて思ってもみなかった。

 彼女は言う。

「愛しているから私を助けて」

 彼女は言う。

「愛しているなら私を助けて」


 おいおいおいおい
 なんて身勝手な彼女たちだろう。


 僕は確かに彼女に愛され彼女を愛した。
 愛されている彼女には僕に出来ることならしてあげようと思った。
 愛している彼女には出来ない事だってなんでもしようと思った。


 けれど、それは欺瞞だ。

 僕は涙でびしょ濡れの彼女の顔を醜いと思い。
 倒れ伏した彼女から零れる紅の液体が汚いと思った。


 ああ、僕はなんて駄目なやつだろう。

 今この瞬間に、彼女たちに対する愛は消滅したんだ。


 だから、僕に出来ることはただ一つ。


 倒れ伏した彼女から鈍く光る刃を引き抜き
 まだ泣いている彼女の首筋にそれを突き立てる


 信じられない

 そんな顔で見るな
 そんな顔で見るな


 僕は今まで充分にやってきたじゃないか。
 愛に代償を求めようとしたお前たちが悪いんだ。
 愛とは尊いもの。
 愛とは無償であるべきもの。
 代償を求めたお前たちは、僕の目に、酷く汚らしく、映る。


 僕はこの行為になんの見返りも求めない。
 愛を囁き無償を騙ったお前たちにはお似合いの末路だ。


 俺が今したこと?
 ああ、勿論「無償」なんて小奇麗なつもりじゃあない。
 ただうんざりしたんだ。

 こんなものかと
 俺が過ごしていた日常は、こんなものだったのかと。


 失望
 虚無感


 俺は一体何をこの世界に求めていたのだろうか。
 美しい物なんて何一つないこの世界。


 愛は壊された。
《無償》って一体何なんだ?
 そんなものはない。
 そんな美しい物が汚いこの世界にあるはずがないんだ。

 だから、俺も醜い。
 必死に美しく生きようとしてきた俺が醜いだなんて、そんな事を知ってしまった。
 真実は常に残酷だ。
 俺はこれからどうすればよいのだろう?


 降りかかる血の雨も気にならない。
 生暖かいな、と、感じるだけだった。







後書き
うわー微妙。なんつーかサイコ系です。
お題は「無償ということ」。
これが私なりの答えです。
そんなものはありえない。
尻切れトンボですがこの後は読んだ方の想像にお任せします。
ちなみに私だったら狂って殺人鬼になると思います。
あくまでも「私だったら」ですがね。

貴方の世界が美しくあることを――


夢乃 此音




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