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青空・ハッピー・バースデイ
降りしきる雨の音で目が覚めた。
テレビをつけると丁度天気予報をやっていて、「夕方には止むでしょう」と言っている所だった。
大きく伸びをして、カーテンを開ける。
暗い灰色の空からは大きな雨粒が降り注ぎ、目の前の坂道を浅い川のようなっていた。
ごうっという音と共に空気の塊がぶつかる。
風が築30年のアパートを軋ませ、窓からは不吉なガタガタいう音が耐えない。
六月も半ばを過ぎ、晴れた日は夏を間近に感じるほど暑いというのに、今日は一旦這い出た毛布に未練を感じてしまう。
窓の外と、散らかった部屋の中を眺め、ため息がこぼれ落ちた。
今日は僕の誕生日だった。
梅雨時だから雨が降ることは多いけど、こんな嵐になるのは珍しい。
二十歳を過ぎた男が誕生日に拘るなんておかしいかもしれないけれど、
今日は特別だった。
付き合いだしてから初めて、水城が僕の部屋で祝ってくれる予定になっているからだ。
去年も彼女は誕生日を祝ってくれたけれど、彼女の実家に招待された。
もちろん嬉しかったけど、やっぱり彼女の実家じゃ緊張してしまうし二人きりにはなれない。
今年はこの部屋で誕生日を祝ってくれる。
僕は子供の頃以来始めて誕生日を心待ちにしていたのだ。
それにしても寒い。ぬくぬくの毛布の誘惑に勝てず、再び横になったところで携帯が鳴った。
「もしもし」
「もしもし、ごめん、まだ寝てた?」
電話の向こうにいるのは水城だった。
駅のホームにいるみたいで、彼女の背後からは人と電車が行きかう騒音で溢れている。
時計の針は11時を指している。もう起きていなくちゃいけない時間だった。
「ううん、起きてたよ」
「嘘つき、今起きたばっかりの声してる」
「ごめん」
水城の軽やかな笑い声につられて僕も笑う。
だが、水城は急に笑い声を引っ込め、ごめんなさいと言った。
「実は駅に忘れ物しちゃって、探してるんだけどみつからないの。
駅員さんに聞いても届いてないって言うし。
だから、もうちょっと心当たりを捜したいの。
夕方までには見付からなくてもそっちに行くから。
…ごめんね、今日は誕生日なのに」
「気にしないで。おかげでもう少し眠れるよ」
「もう、掃除くらいしときなさいよ」
水城は笑いを含んだままの声でまたねと言うと電話を切った。
携帯から耳を離したところでふと、水城が何を忘れたのか聞きそびれたと思った。
雨が嫌いで、イベントごとを大事にする水城が今日という日を避けずに探すくらいだからよほど大切なものなのだろう。
僕も一緒に行って手伝ってやろう。
そう思い再び携帯を手にしたが、やっぱり止めた。
僕が行ったら多分水城は余計すまなさそうにするだろう。
『誕生日なのに、私の探し物に付き合わせちゃってごめんなさい…』
泣き出しそうな顔で言うに決まっている。
普段はずけずけと物を言い、やたらと甘えん坊なくせに妙なところで律儀なのだ。
迷惑をかけることが嫌いで、勝手に一人で考えすぎて悲しくなって、僕の考えを決め付けてふてくされる。
そんな水城につい苛々してしまうことがよくある。
だから最近はなるべく距離をとるようにしている。
今日みたいに。
水城は自分とその他との線引きが不器用なのだ。
誰にでもとても優しくて、同じくらい冷たい。
迷惑をかけたくないと必要以上に思うのは、他人を認めていないと言うことだと思うから。
水城の優しさに隠れたエゴイスティックな部分を見たくないから、僕は時々目を背ける。
窓の外を見ながら、不器用なのは人間に対してだけじゃなかったなぁと思い出していた。
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